50代独身無職になりました

50代独身無職。最愛の父の死後、おひとり様の日常。

生きづらさ

50代独身無職、おでけけです。


突然だけどこの「50代独身無職」の枕詞、
やめた方がいいかな?と一瞬頭をよぎった。

なぜかというと、この好ましくないと
感じている状況を助長しちゃう気がして。


じゃあ逆に理想の姿の枕詞で始めたら、
どうなるんだろうか?

よく言うじゃないか言霊って。
はじめに言葉ありき。って。

ただ「今めちゃめちゃしあわせです!」の
言葉でそうなっていく人もいるだろうし、
逆に、どんどん苦しくなる人もいるよね。

このあたりの適正は
性格にもよるのかなって思う。


理想か。
わたしの理想はーーー

こういうある種の「努力」をしなくとも、
自分の今を許せて、自分に優しい時間を
過ごせることだったりする。

本当に幸せな時ってワカラナイ。

しあわせと一体化してて、
自分からは見えないから。


父、母が死んでから気付く日常の幸せ。


理想。

人によってさまざまだろうけど、
世間的な「これが幸せのカタチだね」
になっちゃうことも多い。

そしてこのカタチに合わない自分を
さらにダメと言い聞かせ、追い込む。

自分にとって、しあわせで豊かな形を
よく知らないもんね。そんなことは
授業で教えないもんね。

そして今「なってない姿」を
欲しがってもがく。

欲しいとは、自分には無いからダメだ。
って思い込んでる部分。

そんな思い込みを見つけたら、
ゆっくり手放したいのな。


わたしだったら

結婚してないとダメ
子ども産まないとダメ
愛されてないとダメ
仕事してないとダメ
やる気なく生きちゃダメ
目的に向かって頑張らなきゃダメ
向上心がなくちゃダメ
だらだら生きちゃダメ
明るくしてなきゃダメ
人の役に立つことしなきゃダメ
優しくないとダメ
愛嬌なくちゃダメ
大人としてしっかりしなきゃダメ
将来設計してきちんと生きなきゃダメ

↑ざっと上げただけでこんなに出てくる。

見えないこれらを両肩に背負って、
頑張ってなさそうで必死に生きてたら
動けなくなっちゃうのになあ。。。

ダメ。をもう少しゆるく
してあげられたらいいのに。

自分へ課すプレッシャーが重すぎ。
どんなすごい人間に設定してるんだろ。

そんなことから最も遠そうな
「ねこ」が好きなのは必然なのかも。