50代独身(元無職)になりました

50代独身。無職歴8年。最愛の父の死後、おひとり様の日常。

テンサイとサイキンと

またまた久しぶりなおでけけです。

気がつけば、もう9月。
実は今、仕事休んで2週間目です。

なぜ休んでいるかと申しますと、
ゲリラ豪雨の災害に遭ってしまったから。

周り近所は床上浸水。
後片付けやら未だバタバタしてます。

幸い、おでけけ家は周りのお家より
ほんのちょっぴり高かったので、
なんとか床下浸水で済みました…

でも、駐車場に置いてた車は全損。
車なし生活です。

まだまだ6年目だった車は、
母が亡くなったときに購入したもの。

母からの最期の贈り物のような
気がして大切に乗っていたのに。

まさか、こんな形でさよならするなんてね。

車両保険には入っていたものの、
新車を買えるほどではなかった。

床下浸水では火災保険の水災特約の
対象にならず、修繕費は出ません。

国からの補助金が出る家は、全壊、半壊
ほぼ住めないとかなので対象外。

ということで...

今のところ当たり前に住めてるけれど
車を失い、家の修繕も未だ手付かずです。

田舎暮らしで車がないと、本当に不便。

知り合いの車を借りていたけれど、
さすがに長くなりそうだから返して、
急いで中古車を探すことになりました。

ほんのちょっと歩くと、まったく
被害がない地域なんですよね。

これが地味にボディーブローで。

どうしてここだけ?
なんでよりによって?
綺麗な車が当たり前に道路を走ってる。

これ見るだけで、切なくて悔しい
気持ちも正直、湧き上がってました。

そして苦労したのが中古車選び。
先日、やーっと決まりましてね。

2017年製のスペーシアXアップグレード版。
走行距離9.7万キロで、
なかなか走っております(笑)

でも、車両保険に入っていたので
3年保証とバックカメラも付けられました。

新たにわたしと生活を共にする相棒として、
ご当地ナンバーと希望ナンバーをつけました。

車両保険金を全部使って、年式新しい車を
買うことも考えたけれど、また浸水したら?
と思うと、新車じゃなくてもいいなって。

それに、来年から車の保険料が上がるし、
床下や家の基礎の修繕費、
一か月近く休んだパート代にも充てたい。

そして、
なんとかしなくちゃ!!と
張りつめていたものがプツンと切れたのか。

ここ一か月、様々な体の不調が続いて
仕事も、占いのイベントもお休みしてます。

占いイベントをキャンセルすると、
キャンセル料がかかるのですが

損してもいい。
キャンセル料くらい払ってやる。

なぜならわたしは、
お金を持ってるから。

お金より自分を優先できる
そんな豊かさをわたしは持ってるんだ。
と、「わたしは持っている」を意識してました。

お金がない時って、なんとかして稼ごう、
動こう。そうしないと入ってこないから。

って、必死に動いちゃうんですよね。

もちろん、それ。
悪くないし、良いことでもない。

けれどずっと脳内は
警戒音を鳴らしっぱなしで
リラックス出来ないんですよね。

すると不眠に繋がるし、ますます休めないから
「ある」んだよ「なんとかなる」んだよって

今回のことは、
ない恐怖から、本当はあるんだよって
視点を学ばせてもらってるなと思いました。

災害に遭って、車を失って、
家の修繕費も出なくて...本当に怖かった。

車を探すのに疲れて仕事も休んで。
正直、くっそ凹んだ。

だから無理やり前向きになるのも止めて
悔しくて、引きこもって腐ってました。

引きこもって腐っていられるって、
結局「ある」から、出来ることだなと
そんなことにも気づきました。

今は、目の前のことだけ。
を毎日こなしながら、
新しい相棒が来るのを待っているところです。

今回のことで、
「強い雨が降る」と思うと
怖くなっちゃったけど。

おでけけの「最近」でした!

半年過ぎちゃったわ。

お久しぶりなおでけけです。

あっという間に2026年も6月か...
半分を回ってしまいましたよねって

はやッ!!

今の職場で働き始めて
もうすぐ2年になります。
オープンスタッフとして働き始めました。

20代が占める若さ溢れる職場に、年齢だけは
ベテラン感を醸し出してる50代、おでけけ。

なるべく彼らの邪魔にならぬよう、
黙々とお掃除しまくっておりましたの。

他のスタッフが
わたしを説明するとしたら、こう。

おでけけさん?
ああ、いつもお掃除してくれるよ。
おかげで事務所が綺麗で助かるー✨と。

掃除嫌いじゃないけどさ。
彼ら20代の「なかよし仲間感」に
入れなかっただけなんだけどね。

まあ、仕事だしね。
仲良しこよしするところじゃあないし。
これでいいのさ!うん、いい。

本当は隠し切れない
もどかしさと寂しさを感じてたけどね。
そうやって自分を励ました2年間でした。


そんな中、オープンスタッフとして
一緒に働いてた子が移動になることに。

何の因果か(マッポの手先じゃあないよ)
おでけけが一番の古株、文字通り
「お局」になってしまったわけです。


...おや?
おでけけの様子が変だぞ。

バーン!!
おでけけはホンモノの
おーツボネぃに進化した。

進化せんでよかよ・・・。

おでけけは短時間パートタイマーです。
転勤もボーナスもありません。

そのかわり「自由」があり、
正社員ほど「重圧」もない。
だから続けられてます。

人生一番大切にしているのは何?
と問われたらきっとわたしは

「自由」
と答えるのでしょう。

自由のためにお金を払い、
自由を謳歌するための努力をする。

彼氏はいるけど週末だけ逢う。

週末だけの関係性は、
今のわたしにとって最適です。

近すぎるとイライラするし、喧嘩が増える。

大好きだった人が
大嫌いになることを知っている。

誰にでもそんな経験あるけれど、
大層傷ついてしまったのだと思います。

結婚していたら、いやでも
相手の親や親せき出てくるし。

その時、頼れる夫ならいいけど、
そんなんわからんし。
無意識で回避してるのだと思っています。

リアルで生きるって
清廉潔白じゃいられなくって、
清濁併せ吞んで汚れちまったなあ。

でも。
今横に猫がいるから。
なんでもいい。これが正解よ。


【追伸】
ネット内限定ですが
最近、マダム言葉を使うのがブーム。

~なのよぉ。~よね💖そう思うわぁ。
なーんてどんどん楽しく会話が弾むため、
ネット民とのコミュニケーションに
大変役立っておりますの。

しかも楽しい~
マダムとオネエ言葉って最高。

おでけけでした。

バッテリーもわたしも、ちょっと限界だった

今日、仕事を休みました。
お久しぶりのおでけけです。

理由は、バッテリー上がりで車が動かないから。
ひとり暮らしの50代、朝の緊急時に頼れるのはロードサービスくらい。

タクシーで往復したら今日の給料なくなるし、
田舎のバスは1時間に1本あるかないか。
車が動かない=詰む、これ田舎あるある。

しかも今月2回目のバッテリー問題。
ロードサービス呼ぶのも慣れてきたけど、去年交換したばかりだし、
またお金かかるのか…ってちょっとしんどい。

「また出ていく」「また値上がり」
気づくとそんなことばっかり考えてて、地味〜にストレス。

節約しなきゃって思うほど、
お金が減ることばかりに意識向いて、
なんか自分で自分の首しめてる感じ。

余裕ある人って、実際の金額より
“受け取り方”がお金持ちなんだろうなって思う。

前に知り合った女社長さんが言ってた。
「お金で解決できるなら、お金で解決するの♡」って。

最初は次元違うな〜って思ったけど、
あれってマインドの話なんだよね。

で、今回も覚悟して車屋さん行ったの。
どうせ交換だろうなって。

そしたらね、

無料でしたーーー!!!笑

去年ここで交換してたから、
メーカーの2年保証が使えたらしい。

奇跡かと思った。

さっきまで対応にイラッとしてたのに、
秒速で手のひら返ししたわたし。笑

仕事休んだし稼げてないけど、
無料だったからスタバ来てる☕️

でね、今回思ったの。

「ちゃんと受け取っていいんだな」って。

わたし、すぐ
「甘いよね」「ちゃんとやらなきゃ」って思うけど、

頼ることも、休むことも、受け取ることも、
ちゃんと“あり”なんだなって。

ひとりで頑張るのって尊いけど、
それだけじゃ越えられないこともある。

むしろ頑張りすぎると、
強制的に頼る流れが来るのかも。

まだまだ
「わたしがやらなきゃ」って思っちゃうけど、
生きてると、ちゃんと限界が来る。

バッテリーは交換できるけど、
わたしはたぶん…まだしばらくこのまま。

だからこそ少しずつ、
頼るとか、受け取るとか、
そういう生き方もしていこうと思う。

19歳の時の失恋と、35年目のガッツポーズ。

今朝、目が覚めた時
心のなかが洗われたみたいにスッキリしてた。

ずっと余韻に浸っていたくなるような、
そんな爽やかな夢を見たおでけけです。

その夢はわたしの中にずっと約35年間、
残ってた「未解決事件」を
最高の形で終わらせてくれた気がする。

夢のなかの、真っ赤な救世主

夢に現れたのは、カズレーザーさん。
現実とは違う夢だから、当たり前にそこに居たけど
なぜか学生時代のクラスメイトみたいな距離感。

で、少し言葉を交わして心が通じ合ったような、
そんな不思議な安心感を感じていた。

そのあと、体育館で彼が歌う歌を聴いて、
目が合ったときに彼が照れたようにはにかんで
……なんだか淡い恋心を感じた時間だった。

そして場面が変わったら、
彼は結婚式を挙げているところだった。

「10月20日」って書かれた垂れ幕に、
彼と奥さんが、田舎のきれいなあぜ道を
仲良く手をつないでこちらに歩いてくる。

実際は二階堂ふみさんっていう
華やかな芸能人だけど、夢の中の奥さんは、
ほんっとうに素朴な一般人の女性。

フィリピン人とのハーフみたいな雰囲気で、
少しぽっちゃりした、どこにでもいそうな
普通の人だった。

芸能人だったり、めちゃくちゃ美人じゃない
女性がパートナーだなんて、さすがカズレーサー。
と思いながら、ちょっとショックを受けた。

「ああ、結婚したんだ。
今日がその日だったんだな」って、
淡い恋心は、失恋の気持ちに変わったから。

19歳の失恋

この夢を見たとき、どこかで味わったなと
思い出したのが19歳のときの記憶。
当時、大好きだったヨシダ君のこと。

彼に彼女がいないと勝手に思い込んでたおでけけ。

勢いでバイト先から電話して、
「好きなんだよね」って伝えた。

彼は「今どこにいるんだ?」って言うだけで、
そのあとは沈黙。その沈黙に耐えられなくて、
すぐに電話を切ってしまってから、逢ってない。

後から知ったのは、彼には彼女がいたってこと。

「みんな知ってたのに、私だけ知らなかった」
「私だけピエロみたいじゃん」
……そんな惨めさと、相手の状況も考えずに
気持ちをぶつけちゃった後悔が残った。

そのあと新しい出会いがあって結婚したけど、
あの「不格好な終わり方」は、35年経っても
心の隅っこにずっと刺さったままだった。

でも、今朝の夢のわたしは違った。
去り際に、思い切って声をかけた。

「カズさん!
私もコブラ(スペースコブラ)好きだよ!」

彼は笑顔で手を振り返してくれたのを見て、
私は両手を挙げて思いっきりガッツポーズをした。

カズレーサーとわたしの夢

そしてくるりと背を向けて、その場を後にした。
声をかけられた自分を誇らしいって思いながら。

もしかしたら、19歳のときの
「ピエロだった私」っていう記憶が、
35年経ってようやく夢の中で「最高の去り際」
として上書きされたのかもね。

ファンでもないのに、なんでカズレーサー?
夢は深層心理現してるというけれど、
何かの象徴として出たのが彼だったんだろうな。

最後に

19歳のわたしへ。
よく言えたね。あなたが好きだって。
良かったんだよ。それで。

「相手のことを考えてなかった」
なんてもう反省しなくていいよ。

あのとき、真っ直ぐに伝えたわたしは
本当にかっこよかった。って伝えたい。

おかげで朝から誇らしいおでけけです。

そしてわたしは途方に暮れる

三連休最終日。
あったかいんだからぁ~♨...って、
今日、暖か過ぎない?

と、おそらく誰でも思っていることを、
ただ文章に起こしただけのおでけけです。

今日、公式LINEを作りました。
ドッキドキしました。

もちろん、友だちはゼロ。
知らせてないし、その前に誰もしらねぇってか。

わたししかいないLINEの世界。
静かな空間がなぜか落ち着くこの頃です。



母の声が、思い出せなくなってきた。
父の声も、だんだん思い出せなくなってきた。

あんなに長い時間、一緒に暮らしてきたのに。
毎日のように聞いてたはずの声なのに。

今、頭の中で再生しようとすると、
ほんの一瞬しか出てこない。

今みたいに、スマホで何でも残せたらと思う。

動画も、何気ない会話も、
気軽に残そうだなんて、思わなかった。

だから、あの声は私の記憶の中にしかないのに、
その記憶が薄れていく。

これは、もしかしたら
悪いことじゃないのかもしれない。

私は今の生活を生きているから。
時間は止まらないし、私も止まれない。


母の声は本当に綺麗だった。
アナウンサーになるのが夢だったと言ってた。
娘のひいき目だけど、本当に上品な声だった。

顔立ちも、ものすごい美人✨
というわけじゃないのに、なぜか品があった。

貧しい環境で育ったはずなのに、どこか凛としてて
花で現すと『水仙』みたいなイメージだった。

認知症になって、少しずつ
壊れていく姿を見るのはつらかった。
あの上品だった母が、崩れていくのが悲しかった。

でも、私の記憶の中では、
いちばん綺麗だった頃の母が残っている。

人の記憶って、少しずつ
美化していくのかもしれない。
あんなに早く〇んでくれ!と思っていたのに。

ただ、あの声をもう少し長く思い出せたらなって。
あの美しい声を、ちゃんと再生できたらなって。
それができなくなってきているのが、少し寂しい。

今日、私は公式LINEを作った。

インスタのプロフィールにリンクを貼った。

友だちは、まだゼロ。
今はテスト中。ぼちぼち、ゆっくり。
世界はどんどん変わっていく。

私はその変化の中を歩きながら、
父の声も、母の声も、少しずつ忘れていく。

その代わり、今そばにいる猫の声や、
友達の声や、彼の声が、
私の脳の中を満たしていく。

きっとこれからも、
思い出せることは減っていく。

でも顔は写真で見られるし、しぐさも覚えている。
声がなくても、全部が消えるわけじゃない。

もしあの頃、今みたいに気軽に動画を残せていたら。
何気ない親子の時間を、映像で取っておけたら。
見返したら平然とはいられないだろうけど。

それでも、時々思い出す
材料があったらよかったなって思う。

もう2026年の2月も終わる。
2月27日、私は一人で占いイベントに出る。

お客さんが来るかはわからない。
先週は相方と出たけれど、場所の関係もあって、
ほとんど私のところには来なかった。

たった一人だけ来てくれたのに、
そのとき、また比べて、落ち込んで。

「なんで私はダメなんだろう」って思った。


でも、師匠に言われた。
腐らずに続けた人が残るんだよって。

腐ることもある。落ち込むこともある。
それでも私は、占いが好き。
だからたぶん、やめない。

父の声が薄れていっても、
母の声が思い出せなくなっても、
私は今の声を聞きながら、生きていく。

そしてわたしは途方に暮れる。


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おでけけ。


おすすめのメニューは「昭和のアイドルセラピー」~なっちんとなかっさん和え・推し活を添えて~

おでけけです。
昨日はイベント出店の日でした。

売上マイナスで、来てくれたお客さんは
来場者ではなく、出店者さんのひとり。

たったひとり。
でもそのおひとりさま。は嬉しかったな。

それでも、数字を見ると不安が増す。
周りを見れば、比べてしまう。

相方には声をかけてくれる知り合いがいて、
元パートナーという強力な味方が居た。

確実に積み上げている、過去の縁さえ。

私は?
私は何を積み上げてるんだろう。

悔しい。
寂しい。
ちょっと惨め。

でも一番きつかったのは、

「私に絶対的に応援してくれる人がいない」
そう思ってしまったことだ。

本当に欲しかったもの。
それは売上じゃない。

本当はね。

どんな日でも会いに来てくれて、
結果が出なくても拍手してくれて、
うまくいかなくても
「それでも推すよ」って言ってくれる存在。

なかっさんとアイドルのなっちん。
Youtube動画をご存じだろうか。


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わたしはこの動画が大好きで、何度も観ちゃう。

わたしはいつまでも一人で立ってる気がして、
このショート動画のなっちんみたい。

でも、なっちんにはなかっさんという
絶対的なサポーターがいる。相方も。

羨ましい。
応援されてる人が、眩しかった。
わたしにも、なかっさんが居てくれたらな。

孤独は増す。

相方が、元パートナーが連れてきた
お客さんとワイワイやっているのを
横目に、ひとり黙々と後片付けをしてた。

その日は悔しさと切なさで
11時にならないと眠れなかった。(快眠かよ)


でも、気づいた。
昨日の夜、静かに気づいた。


いるじゃん。
なかっさん。
そして、なっちんおでけけ。

わたしの中に。

なかっさんは、成果で愛を決めない。

売上がマイナスでも、
落ち込んでも、迷っても、

「今日も立ってたね」
「その姿、最高だよ」
って、ちゃんと最前列で拍手してる。

なっちんおでけけは、完璧じゃない。

お金に不安になるし、
副業の話に揺れるし、
減っていく数字にドキッとする。

それでもナニカを表現しようとしてる。

それを、なかっさんは知ってる。
ずっと見てくれてる。

昭和の絶対的アイドルになってみる。

今日は主役になる。
なっちんになる。そう決めた。


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妄想の中で、私は
昭和の絶対的アイドル、松田聖子ちゃん。
になってステージに立とうって。

ひとりカラオケでね。

なっちんおでけけは、
聖子ちゃんとしてマイクを握る。

スポットライトが当たる。
そして最前列には、親衛隊のなかっさん。
ペンライトを振って、全力で応援してくれるんだ。

「ああ、インナーなかっさん。
今日も来てくれてるんだ。嬉しい。」

その瞬間胸の奥に、絶対的な安心感が広がる。
その安心感に包まれて、私はますます輝き出す。

気づけばその場は、
小さな部屋じゃなくてアリーナステージに早変わり。

歓びがあふれる。
エネルギーが循環する。

わたしとわたしの中に住む、なかっさん。

応援する人と、される人。
でも本当は、分かれていない。
溶け合って、孤独の概念がないフィールド。

「ただ存在する」だけで、光っていい場所。

偶像、アイドルの聖子ちゃんを通して、
その純度の高いエネルギーに浸るんだ。

何かを証明しなくていい。
売上で測られなくていい。

ただ立って、歌って、存在する。
その感覚の中で回復していくプロセス。


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誰でも簡単に出来る
昭和のアイドルセラピー✨
50、60代におすすめ。

明菜ちゃんも捨てがたい。


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泥くさいから、推せる。

完璧だから推されるんじゃない。
転びながらも立つから。
悔しくてもまた歌うから。

怖いって認めながら、
それでも進もうとするから。

わたしの中のなかっさんは、
技量よりも、結果よりも、“存在”を推してる。

なっちんおでけけが挑戦するたび、
「やっぱり推して正解」って思う存在。

売上よりも先に、
不安よりも先に、
自己表現を選ぶ。

なかっさんとなっちんおでけけは、最強コンビ。
翼くんと岬くん。小次郎と若島津健のように。

推せる存在からのエネルギーを循環させるんだ。

今日の人生メニューはこれにしよう。

「昭和のアイドルセラピー」
~なっちんとなかっさん和え・推し活を添えて~

ひとりカラオケ用、お弁当を作ろって行くんだ。
楽しみだ。とっても。

今日もあなたらしい一日を。
おでけけでした。

鍋焼きうどんと豆菓子と

おでけけです。
関東平野、数年ぶりの大雪でしたね。

そんな中、いつものように
週末は彼とデートをした。

彼とは、もう5年以上の付き合いになる。

もし私が30代だったら、
結婚のことや、子どものこと、
「これからどうするのか」を
考えなきゃいけなかったかもしれない。

5年という時間は、長すぎる春だっただろう。

でも今の私は50代で、子どもを産む、
育てる等の悩みからは解放されている。

子宮筋腫で全摘もしたし、
養子がどうとかも考えていない。

これから先、彼とどうなるのか。
別れることがあるのか、
また別のパートナーが現れるのか。
それは正直、分からない。

ただ今は、
こうして毎週、時間が合えばデートを重ねてる。
それだけで、十分だと思っている。

今日は衆議院選挙投票日。
雨戸を開けたら雪景色は、すべて白に戻すような
浄化の澄んだエネルギーと冷たさだった。

だから山田うどんで、鍋焼きうどんを食べた。

毎年、この時期になると出てくる
期間限定の鍋焼きうどん。

それを彼と一緒に食べるのを、
密かに楽しみにしている。

特別なことは何もないけれど、
この鍋焼きうどんを食べられただけで、
私の中はすっかり満たされた。

もう親の面倒を見る必要もない。
たった一人かもしれないけれど、
こういう時間が、私にとっては毎週の癒しだ。

そのあと、二人でスーパーに寄った。
お菓子売り場を見たり、魚を眺めたり、
お肉を見て「高くなったね」なんて話したり。

何も買わなくても、ただ一緒にウロウロして、
あれが美味しそう、これは何だろう?
そんな会話をするだけで、十分幸せだった。

その中で、彼のお母さんが
好きだという豆菓子を見つけた。

三種類あり、私はどれも美味しいと思うけれど、
お母さんは緑のパッケージのものが好きらしい。

値段を見ると、この小ささで200円近くするのか...
と思って一度は素通りした。

でも、別の売り場でまたその豆菓子を見かけた。
そこに見たことのないブルーのパッケージがあって、
しかも安売りしていた。

「これ、なんだろう」
そう思ってお母さんへのお土産に買うことにした。
数百円だけど、せっかくだから自分の分も一緒に。

この豆菓子はとても美味しくて、
あっという間に食べてしまった。

彼に「お母さんに」と渡せたこと。
たった数百円のお土産なのに
自分の中で、すごく楽しかった。

直接会ったことはないけれど、
誰かを介して、誰かに渡すこと。
自分のお金で何かを選んで、誰かに渡せること。

それが、こんなに嬉しいなんて思わなかった。

今日一日で、何が一番嬉しかったかと言われたら、
実はこの豆菓子を選んで買えたことかもしれない。

もちろん、彼と鍋焼きうどんを食べた時間も、
とても幸せだったけれど。

今の社会は、
「もっと幸せにならなきゃ」
「もっとこうしなきゃ」
そんな言葉が多すぎる気がする。

...みんな、疲れないのかなと思う。

私は、彼と将来の話はしていない。
ただ目の前にある時間をちゃんと感じて、
笑い合える時間が少しでも多ければいい。

それ以上のことは、考えても仕方がない。
自分でコントロールできないことは、
もう手放している。

その方が、ずっと楽に生きられるし、
「楽に生きる」ことを、第一にしている。

世間一般の社会から見たら、
わたしはドロップアウトした人間だと思う。

いろいろやって来たけれど、
今できる精一杯が、ここだった。

昔は、もっと良くなろうとしていた。
評価されるように、失敗しないように。

でも、馴染めなかった。
笑えなくなってしまった。

だからドロップアウトになって、
よかったとは思ってる。

見る人によっては、
惨めに見えるかもしれない。

言い訳。だけど、でも。
惨めだと思うほど、わたしの人生に
注目している人は、きっと誰もいない。

これからは少し自分勝手に
「幸せだったな」
「嬉しかったな」
そう感じられた自分の気持ちを、大事にしたい。

これを私なりの成功体験として。
大げさじゃなく、静かに、丁寧に。

しあわせ。
という質が変化していく。
そして、沁みこんでいく。