50代独身無職になりました

50代独身無職。最愛の父の死後、おひとり様の日常。

余計なお世話

花曇りの土曜、友人A美とお花見を
楽しんだ50代独身無職のおでけけです。

一昨年離婚した友人A美は高校時代の親友です。

去年、突然家に尋ねてきてから
20数年ぶりに交流が復活しました。

夫婦でめちゃくちゃ稼いでいましたが、
色々なすったもんだがあり、元夫は
借金を膨らませ自己破産。

「この年で正社員にしてくださいって
してもらったからね」と、週5フルで
働きながら、毎日頑張ってます。

来週、実家へお引越しするとのことで、
束の間の気分転換を味わうべく市内の
さくらの名所にA美と出掛けたけれど、
花を楽しむには肌寒い。

そんなわけで花見はさっと切り上げ、
どこかでランチにしよう!
ということになりました。

ネパール人マスターが切り盛りしてる
インドカレーのお店で、大きなナンを
頬張りながら女性特有のお喋り。

彼女の家庭の話が8割を占めるけど、まるで
女子高時代に戻ったような楽しい時間。。

A美とは全く別の道を歩いてきたけれど、
やっぱりわたしは彼女のことが好きだ。

気立てが良くて優しくて、自分にない
女性らしいセンスを持っている。

そんな彼女に密かに憧れたものでした。

情もあるせいなのかA美には
「幸せになって欲しい」と
必要以上に思ってしまいます。

彼女は確かに忙しいし頑張ってる。
苦労はしてるけれど、今の時点で
不幸せじゃない。

なのに、上から目線なんだろか。

A美の話に心の中でいちいち、
こんな風に突っ込んでしまう。



A美ー
そんなにがんばらなくてもいいよう。

相手のことよりも自分のことを
一番大事にかまってあげようよ~

もう、振り向いてくれない相手を
追いかけるの止めてさあ。。
いつもそばにいてくれてる自分のこと
もっと認めてあげないと可哀想だよ。

自分がさあ。もう頑張ってるのに
もっともっとって疲れちゃうよおー

...と。

ただ話すことで気分が晴れていく
女性特有のおしゃべりに

こんなアドバイスや説教は
まったく必要ない事を知ってる。

ただ、受け止めてくれるだけで
有難い事なのだとわかっている。

なのに、なのに
わたしの中で延々に流れ出す
余計なコトバは止まらない。。

じゃあまたね~の前にちょっとだけ

「相手に期待するの止めて、自分を
一番大切に扱ってあげるところから
やったらいいんじゃないかなあ。。」

と控えめに伝えました。

けれど後からめちゃくちや

ああわたしったら
なんて余計なお世話をー!!ともう反省。

A美はわたしよりとても強くて芯のある娘
だったことは、女子高時代で知っている。

なのにわたしだったら?もしわたしが
A美だったらと思うと居たたまれなくて

こうしたら良いのに!!
ああしたらもっと楽なのにッ!!

A美とわたしの境界線が曖昧になって
口を出してしまいそうになる。

まるで、母と娘の関係性のように。

本当のカラクリはこう。

A美に言いたいことは
わたしに言ってあげたいことだ。

「A美」という主語を
わたしに変えたら一目瞭然。

わたしー
そんなにがんばらなくてもいいよー

わたしー
相手のことよりも自分のことを
一番大事にかまってあげようよー

ってね。

恥ずかしいい(//▽//)

そんな心の余裕なんてないのに
人をお世話してる場合じゃないんだ。

余計なお世話やアドバイスって
結局、わたしに言ってるんだよなあ💦

...と、恥ずかしさを感じた日。

余計なお世話(アドバイス)は
まず自分から。